おしらせ

2017年11月13日(月曜)臨時のお休み をもらいます!!

体、身体、「からだ」の私的使い分け

私は

身体「からだ」
使い分けるように
心がけています。

  1. …私たちが日常生活で使う言葉そのものです。
  2. 身体…客観的な視点から捕えようとして現れてくる抽象的な体
  3. 「からだ」…自分自身の五感で直接感じることが出来る体

です。

もともとの体という言葉は
様々な意味を多重に含んでいます。
直接感じられる体、
物質としての体から
社会的関係を表す体まで
連続したグラデーションで
広い範囲をカバーしている言葉として
使用されています。
つまり、
そういう広い意味での
体を表したい時に
1.のを使うことにしています。

次の
2.の身体
理念的で抽象化されたイメージ
固定された言葉として使用しています。
特に、
西洋医学的な視点から
言うときに使われる身体というイメージ
に代表させて考えています。
人と人が話をして正確に伝えるために
イメージされるものが
人それぞれでバラバラになるのを
防ぐ必要があります。
そのために使われる
言葉としての身体です
直接感じるというよりも
頭で思い描かれた体ということです。

そして、

3.の「からだ」は
私たちが
ナマナマしく感じている体そのものです。
五感で感じられるというよりは、
五感そのもので出来上がった体です。
個人で個人で感じ方が違うため
一人ひとりの内実が大きく異なるはずです。
そのため、
他人にうまく説明できないので
言わないうちに忘れされて
しまうような体です。
そんな、体を名指ししたい時に
使うのが「からだ」ということになります。

直感的な図にしてしまうと
こんな感じでしょうか?↓
体、身体、「からだ」の私的言葉遣いイメージ

こんな例文を並べてみると
分かりやすいかもしれません。

・借りを働いて体で返した
・ひどい頭痛がしたので、MRIで身体を調べてもらった
・二日酔いのせいなのか、今日は抜けるように「からだ」がだるい

つまり、
「からだ」の声を聴くとは
五感のナマナマしさを直視することであって
自分の身体を調べるのとは
違うことだ―
私はそう思っているのです。