はじめに
ちょっと昔は・・・
リウマチの症状を鎮めるのに鍼灸が効果があることは昔からよく知られていました。
私が鍼灸をはじめたばっかりの頃、リウマチの薬はNSAIDsとステロイドがメインの時代でした。ステロイドは炎症を素早く確実に静めてくれますが、長期的な視点に立つと耐性が出来たり、副作用が多かったりで限定的にしか使用できませんでした。
その点、鍼灸は強い副作用もほぼなく耐性が出来にくいので、
リウマチの腫れや痛みを鎮める目的で鍼灸を受けられる方が沢山居られるました。
ステロイドほど劇的な変化は見られませんでしたが、
鍼をした後、触ると熱い感じのする炎症が減り、浮腫みで皮膚がパーンと張っていたのが退いてきて、指や手首が細くなり肌にさざ波のような細かいシワシワがその場でよっていく場面に何度も出くわしました。
新しい薬の登場
近年、ステロイド以外の炎症を抑える力の強い薬が次々と開発され使われるようになりました。
これらの薬は、リウマチに特徴的な免疫の仕組みにアプローチする薬です。
ステロイドが炎症という大きな的に大砲を打ち込んで炎症を鎮めると同時に的ごと吹き飛ばしているような感じなのに対して、新しい薬はライフルで的の真ん中だけを撃ち抜くような感じです。
免疫機構のカギにだけ働きかけて炎症のスタートボタンをオフにするのです。
そのため、ステロイドと同じように炎症や腫れをよく抑えることが出来るのに、副作用をかなり減らすことが出来るようになったのです。
そして、その結果、新しい薬は長期間の連続的な使用が可能となったのです。
そして、現在‥‥
新しい薬が登場してある程度、腫れや痛みのコントロールが長期間に渡って出来るようになると、炎症や腫れを抑えるためだけに鍼灸を受けるような方は減りました。そして、上記のような鍼灸の効果を肌身で感じることも減りました。
現在、リウマチに対して鍼灸は何か役立てるのだろうか?
では、リウマチに対して鍼灸という技術は最早お払い箱になってしまった古い方法なのでしょうか?
いえ、今でも鍼灸の仕事は残っていると私は思っています。
それは、新しい薬がやり残した仕事です。
薬が増えていくのを防ぐ
新しい薬の凄さとそれ故の反動
新しい薬は、自己免疫の暴走や炎症といったリウマチに特異的な部分にのみ焦点を合わせています。このために副作用を減らしつつ炎症をしっかり抑えることが出来るようになったのです。
これは腫れや痛みといった症状を抑えるというわかりやすい目的からみれば、本当に活気的なものでした。
けれども、
その効果がシャープな分だけ「からだ」全体で起こっている異変に目がいかなくなってしまっているように思うのです。
確かにリウマチには免疫機構の暴走という他の病とは違う特徴があります。そこを目印に方向性を決定すれば的確で効率の良い治療にたどり着ける可能性が飛躍的に高まるのはわかります。
けれども、
やはり人間の身体はグルグルまわる巨大な連鎖反応の網の目です。免疫機構のみがリウマチのたった一つの原因であるとは考えにくいでしょう。
(参考→正のフィードバック/負のフィードバック、好循環と悪循環)
つまり
免疫の暴走が一番表に見える原因であったとしても、その後ろには暴走を引き起こしてしまうような「からだ」状態があるはずなのです。新しい薬には炎症や腫れが劇的に解消するという目立つ効果があるからこそ、「からだ」という非特異的なバックグラウンドを忘れてしまいがちになってしまいやすいのです。
これは火事を見つけて炎を消すのばっかりに気をとられているような感じです。炎を鎮めることだけが大切なのではありません。燃え移りそうなものを退かしたり離したりするのも重要でしょう。巻き込まれなように近所の人を退避させるのも大切なことです。
だから、
うっかり薬にばっかり頼ってほったらかしにしていると、同じ量の薬ではだんだん効かなくなってきます。すると薬の量が増やしたり、より強い薬を使わなければ炎症を抑えることが出来なくなってしまいます。
何が起こっているのだろう?
これは、
炎症を抑えることしかしてないので、炎症を起こしやすくしてしまうような物質が体内にどんどん蓄積され増えていってしまっているためと私には思われます。
現在の科学ではこの辺のことはあんまりよくわかっていません。けれども、私達、鍼灸師の実感から言うと確実にそれらは物質としてあると思います。簡単に見つからない所をみると、恐らく普段から普通に体内にあるありふれた複数の物質のさまざまな集合体なのでではないかと思います。
科学的に証明されてないのに
どうしてそう思うのか?―と尋ねられれば、
「手の感覚・感触です」と言いたいと思います。私達鍼灸師は手で沢山のことを感じてそれを元に判断をするのが仕事です。そこからその仮説に一票入れるのです。
リウマチの人のまだ腫れていない関節まわりを触らせてもらうと、ブヨッとしたゼリーのような感触やコリッとしたカマボコの小さいような感触を触れることが多々あります。
私達鍼灸の実感としてはこれが炎症のタネなのです。なぜなら、その後、経過を観察していると、その部分から、腫れや炎症が起こってくるということを多々観察しているからです。
また、
薬で炎症や腫れを抑えている場合でもこの関節まわりの感触は維持されており、薬を止めるとそこから炎症が再び起きてくるのがよく観察されるからです。
反対に、
この感触を減らしていくことが出来れば薬を止めても、ひどい炎症にならないですんでしまうという経験が沢山あるのです。
この手触りの実感が炎症を起こしやすくしている物質がたまっているという確信を引き起こしているのです。
鍼灸が“邪”を減らす
私達、鍼灸の世界では、
この関節まわりで見つける触わった時の感触を“邪”と読んでいます。
そして、
鍼灸にはこの“邪”の感触を減らしていくことが出来るという実感があります。鍼や灸をすることによって、“邪”が減っていくのを手の感触として実感として経験してきているからです。
新しい薬が現れる以前によく観察されていた、鍼灸のリウマチの症状に対する効果は実はこれだったのです。
ステロイドや新しい薬のように、炎症そのものを鎮めるのではなく炎症を起こしやすくしている物質の感触=“邪”を減らしていくことによって間接的に炎症や腫れを減らしていたのです。
上記の火事の例えで言えば、炎の周りから燃えるものを引き離したり削ったりして、燃えるものを無くしていって自然に炎が鎮まっていくように誘導していたのです。
この“邪”の感触を減らしていく、若しくは増やさないようにしていくことがチャンと出来れば、長期間に渡って薬を使い続けていくことを可能になっていくという感覚が鍼灸師にあるのを理解していただけると思います。
つまり、
【鍼灸は薬の長期的な使用を可能にする条件を整える】
と感じているのです。
そして、実際に鍼灸を用いて体調管理をされている方は
薬が良くきいて増量せずに済むということを実感を持っているのです。
リウマチになってしまう弱った「からだ」を癒していく
弱った「からだ」を癒していくこと
“邪”を減らして薬で長期のコントロールをするお手伝いをする
―ということもとても大切なことです。
けれども、私がもっと大切だと感じるのは、
リウマチになってしまうような疲れた「からだ」を癒していくことだと思っています。そして、この役割は鍼灸にもってこいだと私達には思われます。
“邪”の感触はありふれた感触
実は上記の“邪”の感触は、リウマチの人のみに見つかる特別な感触ではありません。
普通の肩こりの人や腰痛の人、神経痛の人、etcに普通に見つかるものです。
いわば普通の浮腫みやコリ、うっ血といったものが合わさって長期化し取れにくくなってしまったものだという感触があるのです。
恐らくこの感触は、血行不良を起こしたり浮腫みができたりした場所にたまる疲労物質の集合体のようなのものの感触だと思います。
いわば、沢山の細胞が仕事や消費をした後に残るゴミの山ようなものだと思います。
その溜まったゴミが何らかのキッカケで燃え出すと炎症が起こり腫れたり痛みが出たりするのです。
リウマチはいわゆる普通の疲れ(疲労物質)≒“邪”が極度にたまった状態に
何かをキッカケに炎症が起きて始まるのです。
“邪”が発生してしまう理由
この疲れ(疲労物質)≒“邪”がごくありふれたものであるなら
この疲れを溜めていってしまう要因もごく普通の要因なはずです。
東洋医学ではここに
胃腸の疲れだの
呼吸の浅さだの
便通の悪さだの
精神的な緊張だのを
見つけてきます。
つまり、こういったごく普通の疲れや体の弱りから
ごく普通の“邪”が発生して蓄積して
リウマチという特別な病気へと発展すると考えているのです。
リウマチの治療といえども東洋医学的にはごく普通の「からだ」を癒していく方法なのだ
これらのごく普通の要因で起こるのですから、それぞれの要因に対して東洋医学が蓄えた普通の施術をごく普通に行えばよいことになります。(※普通といっても何も考えずにワンパターン治療を行うことではありません。その人の状態をみながらその人にあった方法を適度な加減とペースで組み合わせて、さじ加減を調整しながら行うことです。東洋医学にとってはその微調整こそが普通なもののはずです。参考→さじ加減が大事!)
それらの方法は、弱った「からだ」を立て直し“邪”が発生しない「からだ」へ誘導してことになるはずです。つまり、単にリウマチを治そうとかそういうことではなくて
【日々の生活の中で疲れ切った「からだ」を癒す】
―ということにメインの主眼が置かれるのです。
そして、疲れたり弱った体の背景には、
過労であるとか、寝不足であるとか、
食べ過ぎである、飲み過ぎであるとか
ストレスフルな環境とかがあると考えます。
ここで鍼灸は養生へとバトンタッチします。
リウマチをやっつければそれで良いというのではなく
リウマチ以外にも様々なトラブルに見舞われやすい「からだ」の状態を
改善していくことです。
そうすれば、
リウマチの痛みは取れたけど五十肩は治らなくて~
は片手落ちだと言わなければなりなりません。
リウマチの腫れが退くのと同じように
普通の五十肩も治っていくような「からだ」を作ることが
もっとも本質的な治療だと私には思われるのです。